楽園ハワイと私

2002年、カリフォルニアよりハワイに引っ越してきました。ホノルル・ダウンタウンに住んでいます。

ビートルズの軌跡をたどる旅

ビートルズの軌跡をたどる旅(8)リバプール

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生きている間にしたいことのバケット・リストを実行する旅に出かけた。学生時代から好きだったビートルズが生まれた英国リバプールにいつか行きたいと考えていた。2013年11月に、2週間のロンドン&パリの旅に出かけたのだ。今日はその8回目。7回では、リバプールでレンタカーを借りてビートルズゆかりの場所を訪れたが今回はその続編。

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先回はジョンの名曲“Strawberry Fields Forever” になった、ストロベリー・フィールドを訪れたが、今度はポールの名曲“Penny Lane” で曲の舞台になったペニー・レイン。1967年発売当時シングルレコードはA面がヒット曲で、B面は穴埋めの駄作が多かったが、このビートルズのこのシングルレコードは両面A面の珍しいもの。もちろん、“Strawberry Fields Forever” と “Penny Lane” が背中合わせでプレスされた貴重なレコードだ。名曲“Penny Lane” はペニー・レインの街の風景が歌われている。

“Penny Lane” はポールの小さな通りにまつわる子供のころの思い出を曲にしたものだ。ペニー・レインはわずか800m程度の短い通りで、端から端までゆっくり歩いてみた。ポールが曲中で歌う床屋や街角の銀行は現在も存在して、ビートルズが存在しなければ何の変哲もない小さな通りだ。ビートルズゆかりの地や名所として人気が高い場所だ。

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歌詞に出てくる床屋

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歌詞に出てくる銀行

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今回のブログをアップする前に、あの時を思い出そうともう一度ペニーレインをグーグルマップ(ストリートビュー)で端から端まで街並みをチェックしてみた。ここにもコロナの影響が見えるは残念だ。

ペニーレイン沿いにある朝食を取ったコーヒーショップが店をたたんでいる。静かなコーヒーショップで、窓際の席で人の往来を眺め食事をしながらゆっくり時間を過ごしたのを今でもはっきり覚えている。隣のヘアーサロンも今はない。

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ペニーレインには古い大きな教会がある。ポールが12歳~14歳まで聖歌隊として参加した教会だ。14歳の時にポールは母親を乳がんで亡くしている。この教会では1982年にポールの弟マイクが結婚式を挙げて、ポールと妻リンダが参列している。教会の中には2年間ポールが利用した祭壇近くの座席に記念プレートが記してあった。

ポールの名曲 “Penny Lane''を下手なウクレレで弾いてみた。


次はジョンとポールのあの場所・・・へ向かう。

ビートルズ巡礼の旅はつづく


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ビートルズの軌跡をたどる旅(7)リバプール

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今日(2日前)のハワイの新たな感染者は5,911人、オアフ島で3,901人、ハワイ島で567人、マウイ島996人、カウアイ島276人、モロカイ島43人、ラナイ島28人。これまでの感染者数の合計は190,678人。新たな死亡者は9人、死亡者合計は1,135人。ワクチン2回接種率は75.4%。3回は31.1%。
オアフ島:135,017、ハワイ島:20,056、マウイ島:22,198、カウアイ島:7,715、モロカイ島:768、ラナイ島:394

生きている間にしたいことのバケット・リストを実行する旅に出かけた。学生時代から好きだったビートルズが生まれた英国リバプールにいつか行きたいと考えていた。2013年11月に、2週間のロンドン&パリの旅に出かけたのだ。今日はその7回目。

6回目では、ロンドンから3時間の列車移動でリバプールに到着した。ビートルズファンご用達ホテル「Hard Days Night Hotel」 にチェックインして、若かったビートルズの4人が過ごしたマシュー・ストリートに出かけた。ビートルズ生誕の聖地「キャバーン・クラブ」は、ファンならば必ず訪れる必見の場所だ。

翌日はリバプール郊外に出かけることにした。限られた時間で自由に移動するにはやはり公共交通機関を利用することはできない。リバプール駅でレンタカーを借りることにした。もちろん、ハワイで事前予約済みで訪れる場所は綿密にリストアップしてある。

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レンタカーは米国のナショナルとアラモと提携しているヨーロッパカー

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借りたのは、ヨーロッパではよく知られたメーカーのシェコダ(Škoda Auto )の1400cc大衆車「Fabia」。「ファビア」は、フォルクスワーゲン「ポロ」の兄弟車(名前と会社が違うだけ)。英国ではほとんどの車がギアチェンジがマニュアルの車で、レンタカーもオートマチック車はない。もちろんナビなどリクエストしてもあるわけがなく、事前にグーグルマップ・ストリートビューで何度も仮想ドライブしておいたのが役に立った。

英国は日本と同じ右ハンドルで、久しぶりのマニュアルの車で走り慣れるまで冷や汗のドライブだった。慣れない街でのドライブは神経を使う。狭い道路、一方通行の多いリバプール市内、信号無視をする多くの歩行者。利用したこともないラウンドアバウト。緊張しながらも、リバプールのドライブを楽しめた。

まず一番に向かったのがリバプール市内にあるポールとジョージが通ったグラマースクール「Liverpool Institute High School for Boys」とジョンが通った「 Institute For Performing Arts 」

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上の写真の手前がジョンの通っていたアートカレッジで、その奥がポールとジョージが通った中学、高校のグラマースクール。隣り合わせの建物で、ポールとジョージは年上の親分ジョンに会うために、アートカレッジに足しげく通ったそうだ。

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ここは、もちろんビートルズファン巡礼の聖地の一つで、リバープールにはビートルズファン専用の観光タクシーが走っている。タクシードライバーの観光説明付で、短時間で人気スポットを巡礼できる人気のツアーだ。

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少し車を走らせリバプール市外のウールトン地区に向かった。ここもビートルズファン巡礼の聖地の一つで、ジョンの名曲 “Strawberry Fields Forever” を生むことになったストロベリー・フィールドがある。ジョンが幼い頃、自宅近くのこの孤児院の敷地にこっそり踏み入り子供たちとよく遊んだ。その気持ちを歌にしたのだ。2005年に施設が閉鎖され長く空き地になっていたが、2019年に観光施設として一般公開が始まっている。私が訪れた時は、赤いペンキが塗られた古い門扉だけの静かな空間だった。滞在している間、誰も立ち寄る人はいなかった。この赤い門扉は2011年に再建されたものである。

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ジョンの名曲 “Strawberry Fields Forever” をウクレレで弾いてみた。


次はポールのあの名曲の場所・・・へ向かう。

ビートルズ巡礼の旅はつづく


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ビートルズの軌跡をたどる旅(6)リバプール

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今日(2日前)のハワイの新たな感染者は143人、オアフ島で98人、マウイ島21人、ハワイ島で13人、カウアイ島8人、モロカイ島0人、ラナイ島0人。これまでの感染者数の合計は88,655人。新たな死亡者は1人、死亡者合計は1,040人。ワクチン接種率は72.4%。
オアフ島:60,104、ハワイ島:11,823、マウイ島:10,124、カウアイ島:3,236、モロカイ島:244、ラナイ島:145

生きている間にしたいことのバケット・リストを実行する旅に出かけた。学生時代から好きだったビートルズが生まれた英国リバプールにいつか行きたいと考えていた。2013年11月に、2週間のロンドン&パリの旅に出かけたのだ。今日はその6回目。

5回目では、ロンドンでビートルズゆかりの地、アビーロードに次いでセビル・ロウ(3 Savile Row)にあるビートルズが設立したアップル社の建物を訪れた。ビートルズのレコード会社だ。映画『Let It Be』のほとんどは、このスタジオで撮られている。このビルの屋上で予告なしのライブ演奏を行った。4人は屋上で「Get Back」などを演奏した。ビートルズ最後のライブ演奏だ。

6回目の今日は、ロンドンからビートルズ誕生の地リバープールに移動した。ロンドンで2泊したホテルを選んだのはホテル前に鉄道駅があること。ホテル前のユーストン駅には歩いて行ける。ユーストン駅の隣にはフランス・パリに行けるユーロスターが走っているパンクラス駅もある。便利な立地だ。

ホテルから歩いて駅に向かった。すでにハワイで事前に乗車する列車の座席は取って料金の支払いも済ませてある。余裕をもって駅に着き1時間に一本のリバプール行を確認すると、パニックに陥った。予約した時間の列車がキャンセルとなっている。旅にトラブルは付き物だが、予約した列車がキャンセルになるとは考えてもいなった。英国では運行が突然キャンセルになることはよくあるそうだ。

窓口で指示を仰ぐと、間もなく発車する列車に飛び乗って乗り換えてリバプールに行けと言う。英国の鉄道システムがよくわからない。英国は1990年代に国営鉄道が民営化されて複雑なシステムになっている。ハワイで予約を取った際も、時間帯によって大きく料金が変わるシステムに驚いた。行きと帰りの料金が違う。

列車に飛び乗るとほぼ満員だったが、運よく空席を2つ見つけた。余裕で座って行けると思っていただけに、乗車しても不安な気持ちが消えなかった。列車が動き出すと、リバープール行の乗客はラグビー駅で乗り換えるアナウンスがあった。1時間足らずでラグビーで下車して、30分ほど待っていると無人のリバプール行の列車がやって来た。リバプールに行く乗客は少なく、1車両に数人だけの乗車となった。

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予約した直通の列車ならば、2時間10分でリバプールに着くはずだったのが3時間以上もかかってしまった。遅れたものの、終点のリパプール駅に着くと気持ちが高揚した。ロンドン-リパプールの鉄道料金は34ポンド(約5,100円)

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駅からはホテルまでは歩いて行ける距離だ。グーグルマップのストリートビュで何度も歩いているので、ホテルまで迷わず行けた。宿泊ホテルはビートルズファンご用達ホテル「Hard Days Night Hotel」 で、ビートルズをテーマにした4つ星ホテルだ。19世紀の4階建てオフィスビルを110の客室数のホテルに改装して、2008年にオープンしている。

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部屋にはリンゴ・スターと最初の妻モーリンの写真が飾ってあった。ホテルは改装直後でとてもきれいな気持ちのいいホテルだった。3泊で280ポンド(42,000円)。ホテルにチェックインした後は、若かったビートルズの4人が過ごしたマシュー・ストリートに出かけた。ホテル前の通りを右に曲がれば、ビートルズ生誕の聖地「キャバーン・クラブ」がすぐにある。

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キャバーンクラブの反対側にはキャバーン・パブの煉瓦の壁に背をもたせかけたジョン・レノンの像がある。壁の煉瓦には、キャバーン・パブに出演したミュージシャンの名前が刻まれている。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フーなど誰もが知る名前がある。

マシュー・ストリート沿いにはビートルズにまつわる場所がたくさんある。

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キャバーン・クラブはビートルズが1961年から300回に及ぶステージ演奏した、ビートルズの4人にとってはデビュー前のホームグランドだった。マネージャーのブライアン・エプスタインとの出会いの場所だ。4人はここから世界のビートルズとなった。1973年工事のためオリジナルは取り壊されたが、ほぼもとあった場所に復元され今も営業を続けている。店内の洞窟のようなステージでは1人ビートルズが演奏をしていた。

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マシュー・ストリートにあるキャバーン・クラブ斜め前にあるザ・グレイプスは、ビートルズの4人がキャバーン・クラブの演奏の後にいつも立ち寄ったパブとして有名だ。店内のテーブルの壁には、当時の店内でたたずむ4人の写真が飾られている。


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周辺を歩くとさまざまなビートルズに出合うことができる。エリナー・リグビーの老女は、見るだけで、寂しさ、悲しさが伝わってくる銅像だ。もちろん彼らの名曲「Eleanor Rigby」が像になって表現されている。

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アメリカのファーストフード、バーガーキングの壁一面にビートルズが踊るのもリバプールらしい。

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翌日はレンタカーを借りて・・・へ向かう。

ビートルズの軌跡をたどる旅はつづく

*レインボーカウント: 今日は午前9時に出現 2021年 103日

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ビートルズの軌跡をたどる旅(5)アップル社

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今日(2日前)のハワイの新たな感染者は107人、オアフ島で49人、マウイ島23人、ハワイ島で12人、カウアイ島11人、モロカイ島1人、ラナイ島0人が確認されている。これまでの感染者数の合計は86,847人となった。新たな死亡者は0人、死亡者合計は1002人。ワクチン接種率は72.3%。
オアフ島:59,184、ハワイ島:11,596、マウイ島:9,835、カウアイ島:2,985、モロカイ島:247、ラナイ島:145

生きている間にしたいことのバケット・リストを実行する旅に出かけた。学生時代から好きだったビートルズが生まれた英国リバプールにいつか行きたいと考えていた。2013年11月に、2週間のロンドン&パリの旅に出かけたのだ。今日はその5回目でちょうど8年前の今日11月22日の行動を紹介しよう。

3日目の午前に訪れたのはロンドン北部にあるセント・ジョンズ・ウッド。ビートルズの4人がEMIスタジオから出て、目の前にあるアビイ・ロードにある横断歩道を一列で渡る聖地はビートルズファンでなくても訪れる。ポールの家まで歩き、ポールの行きつけのレストランでランチを取った後を後、ロンドンの中心部にある高級紳士服店が多いことで有名なサビル・ロウ通りに向かった。日本語の背広はこの地名から由来している。

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ロンドンでビートルズゆかりの地と言えば、アビーロードに次いで必見の場所と言えば当然、セビル・ロウ(3 Savile Row)にあるビートルズが設立したアップル社の建物だ。ビートルズのレコード会社だ。当時はアップルと言えば、ビートルズだった。下の画像の中央がかつてビートルズの4人が購入したアップル社のビルである。1階が黒幕で覆われているビルだ。訪れるファンの落書きが絶えないそうだ。

このビルには4人のひとりひとりのオフィスがあり、地下にはアップル・スタジオがあった。映画『Let It Be』のほとんどは、このスタジオで撮られている。1969年1月30日のランチ時、このビルの屋上で予告なしのライブ演奏を行ったのは映画を観た人ならわかってもらえるだろう。4人は屋上で「Get Back」などを演奏した。ビートルズ最後のライブ演奏だ。その後4人は解散を発表した。

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ビートルズの姿の見えない大音響のライブ演奏に、誰もが足を止めアップルビルを見上げた。すぐに付近は人が集まり、道路は渋滞して警察官が現れることになる。映画『Let It Be』を観た人は覚えているだろうか。警官が群衆とビルの屋上を見上げるシーンがある。その警官が立っていたのが赤い郵便ポスト付近だ。角に立つ赤い郵便ポストは今も存在している。

ちょうど、このサンクスギビングデーの11月25日からドキュメンタリー映画新作『ザ・ビートルズ:Get Back』がディズニープラスで配信公開される。69年1月に映画『Let It Be』のために撮影された膨大な映像を再構成したものだ。52年間お蔵入りしていた57時間以上の未公開映像と150時間以上の音源を3部作、延べ6時間にまとめ上げられた。YouTube3:40秒以降参照


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アップルのビルを見学した後は、近くのロンドンの目抜き通りとして有名な弧を描く美しい曲線のリージェント通りに並ぶ数々のブランド店を横目にピカデリー・サーカスから、コベント・ガーデンまでゆっくりロンドンの繁華街を歩いた。

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コベント・ガーデンと言えば、映画『マイ・フェア・レディ』でオードリヘップバーンが花を売っていたマーケットとして知られている。以前には生鮮食品市場があったが、1980年にその跡地を利用してショッピングセンターが誕生している。現在のコべント・ガーデンは今も多くの人が集まる。コロナウイルスの存在しないちょうど8年前の今日のロンドン、クリスマス装飾が落ち着いて英国らしい。

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途中何度も足を止めてお店を見たり、ティブレイクをしたりして地下鉄の3駅分を歩いた。地下鉄駅コベントガーデンから地下鉄で宿に戻った。明日はロンドンを離れて・・・へ向かう。

ビートルズの軌跡をたどる旅はつづく


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ビートルズの軌跡をたどる旅(4)ポールの家

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今日(2日前)のハワイの新たな感染者は79人、オアフ島で33人、マウイ島5人、ハワイ島で21人、カウアイ島16人、モロカイ島8人、ラナイ島0人が確認されている。これまでの感染者数の合計は85,218人となった。新たな死亡者は0人、死亡者合計は962人。ワクチン接種率は71.9%。
オアフ島:58,356、マウイ島:9,640、ハワイ島:11,279、カウアイ島:2,792、ラナイ島:144、モロカイ島:243

生きている間にしたいことのバケット・リストを実行する旅に出かけた。学生時代から好きだったビートルズが生まれた英国リバプールにいつか行きたいと考えていた。8年前の2013年11月に、2週間のロンドン&パリの旅に出かけたのだ。今日はその4回目。

2日目に訪れたのはロンドン北部にあるセント・ジョンズ・ウッド。ビートルズの4人がEMIスタジオから出て、目の前にあるアビイ・ロードにある横断歩道を一列で渡る聖地。ビートルズファンならば、マストの巡礼スポットだ(先回)。

アビイ・ロードから住宅街を歩いて5分も行けば、ポール・マッカートニーが有名になって初めて購入した家に行ける。アビイ・ロードまで来てここまで足を延ばすファンは多くはないようだ。アビイ・ロードの観光客が1人も見当たらない静かな場所にある。秋の日差しが心地よい散歩になった。

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ジョン、ジョージ、リンゴの3人がロンドンの喧騒を逃れるように郊外に家を持ったのに対して、ポールはアビイ・ロードのスタジオまで歩いて行ける家を購入した。仕事好きなポールらしい。スタジオでレコーディングする前の打ち合わせ場所としても利用されたようだ。

ビートルズ唯一の2枚組みのホワイト・アルバムに付けるポールのポートレート写真はこの自宅で撮られている。ポールがリンダとの新婚生活を始めたのもこの家で、近所には2人が結婚した教会がある。3階建ての家の裏には大きな庭があって、シングル盤「ジョンとヨーコのバラード」のジャケット写真が裏庭で撮られた。2番目の妻ヘザーともここで暮らしている。(今もポールの所有かは不明)

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昼を過ぎてランチに、ポールの行きつけのレストランに向かった。リシュー(Richoux)は1909年創業の100年以上続く老舗だ。アビイロード・スタジオから10分の距離にあり、スタジオでレコーディングした世界のアーティストたちが利用するレストラでもある。静かな席をリクエストすると、2階席に通されゆっくり食事ができた。ここではイギリスの定番、フィッシュ&チップスを。添えられた豆料理がいかにも英国。

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シーザーサラダはチーズ盛りのアンチョビー添え。上品に塩がよく効いたアンチョビーがこんなに美味しいとは思わなかった。リシュー(Richoux)はロンドンに5店舗あり、ロンドンのセレブたちにも利用されている有名なレストランらしい。

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ランチを食べ地下鉄セント・ジョンズ・ウッド駅から、次に向かったのはロンドン中心部の・・・
ビートルズの軌跡をたどる旅はつづく

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セント・ジョンズ・ウッド駅前のお土産ショップ


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ビートルズの軌跡をたどる旅(3)アビイロード

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今日(2日前)のハワイの新たな感染者は155人、オアフ島で72人、マウイ島21人、ハワイ島で30人、カウアイ島19人、モロカイ島1人、ラナイ島0人が確認されている。これまでの感染者数の合計は83,987人となった。新たな死亡者は5人、死亡者合計は896人。ワクチン接種率は71.2%。
オアフ島:57,766、マウイ島:9,513、ハワイ島:11,032、カウアイ島:2,614、ラナイ島:144、モロカイ島:242

生きている間にしたいことのバケット・リストを実行する旅に出かけた。学生時代から好きだったビートルズが生まれた英国リバプールにいつか行きたいと考えていた。8年前の2013年11月に、2週間のロンドン&パリの旅に出かけた。今日はその3回目。

ロンドン2日目、ホノルルとの時差は+11時間。ロンドンがおよそ半日進んでいると考えていい。前日の長旅のせいで、よく眠れて時差ボケもなかった。前日は寒いと感じなかったが、ロンドンの朝の気温が2℃、この時期最低温度が20℃を切らないホノルルから来た者には身の引き締まるすがすがしい朝だった。

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地下鉄で途中ベーカーストリート駅で乗り換え、向かった先はロンドン北部にあるセント・ジョンズ・ウッド。地下鉄駅から10分も歩けば、ビートルズ伝説の中で無視できない場所にたどり着ける。

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ビートルズが1962年から1970年にかけて200作を超える曲のほとんどをレコーディングしたスタジオは、ビートルズ・ファンだけでなく世界中から観光客が訪れる場所として有名だ。当時はEMIスタジオと呼ばれていたが、ビートルズの最後のアルバム「アビイ・ロード」から人々がアビイ・ロードと呼び始め、それ以来スタジオの名前がアビイ・ロード・スタジオと変更された。ちなみに、スタジオ前の通りの名前がアビィ・ロードだ。

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スタジオ前の門には世界中から訪れるビートルズ・ファンがその証を残そうと、メッセージや名前を残していく。定期的にペンキが塗り替えられるがすぐに白い壁はメッセージと名前で埋まっていく。ビートルズが様々な楽曲を録音したレコーディング・スタジオは、この建物の背後に建て増しされたビルの中にある。ビートルズにとって、このスタジオは創造的な仕事場であり、多くの時間を過ごした隠れ家的な憩いの場所でもあった。

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ビートルズ最後のアルバム「アビイ・ロード」のジャケット写真はレコードジャケット史上最も有名なものの一つで、ビートルズのメンバー4人が歩くスタジオ前の横断歩道はイギリス政府により英国の文化的・歴史的遺産の指定を受けている。世界でもっとも有名な横断歩道の一つだろう。

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ビートルズの4人がロンドンのEMIスタジオから出て、目の前にあるアビイ・ロードにある横断歩道を一列で渡るレコード・ジャケット写真は、ビートルズが解散してそれぞれがスタジオを去って行く姿を暗示しているなどの意味合いがファンの間で話題になった。

ここに来ると誰でもビートルズを真似て写真を撮りたくなるものだ。この通りは車の通行量が結構あって、過去には接触事故や死亡事故などが起こっている。 車の通行の合間をぬってファンたちが横断する写真を撮る。実際のジャケット写真は脚立に立って上から撮られたもので、同じような写真を撮ることは難しい。ビートルズに興味のない人には何の面白みもない横断歩道だが、ビートルズ・ファンには意味のある世界で一番の横断歩道なのだ。 つづく・・・


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ビートルズの軌跡をたどる旅(2)大英図書館

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今日(2日前)のハワイの新たな感染者は139人、オアフ島で71人、マウイ島20人、ハワイ島で32人、カウアイ島10人、モロカイ島1人、ラナイ島0人が確認されている。これまでの感染者数の合計は82,730人となった。新たな死亡者は0人、死亡者合計は876人。ワクチン接種率は70.4%。
オアフ島:57,115、マウイ島:9,393、ハワイ島:10,751、カウアイ島:2,501、ラナイ島:141、モロカイ島:238

生きている間にしたいことのバケット・リストを実行する旅に出かけた。学生時代から好きだったビートルズが生まれた英国リバプールにいつか行きたいと考えていた。8年前の2013年11月に、2週間のロンドン&パリの旅に出かけた。今日はその2回目。

ヒスロー空港から乗った地下鉄を降りて向かった先は、駅から歩いて行けるホテルだ。グーグルマップのストリートビューで入念に何度も歩いているだけに、何の迷いもなくホテルに着けた。どこに行くにも便利なロンドンの主要鉄道ターミナルが集中するセント・パンクラス駅前のホテルに宿を取った。

ここからは中東部のリバプール、海峡トンネルでフランス・パリにも直行で行ける。ホテルにチェックインして初めて訪れたのが、ホテルの目の前に建つ大英図書館だった。駅に並行して建つのが国立図書館の大英図書館だ。ここは一般観光客があまり訪れたりしない、マニア向けの図書館になっている。

大英図書館は、250年以上かけて収集した1.7億点以上の資料を収蔵している世界最大級のもっとも重要な研究図書館だ。ロンドンの大英博物館にかつて収蔵されていたものが、この大英図書館の特別展示室で公開されている(無料)。

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図書館の特別展示室には、レオナルド・ダ・ビンチの直筆の鏡文字のノート、ミケランジェロのデッサン、モーツアルト、バッハ、プッチーニなどの手書きの楽譜が展示されている。どれも値が付けられないほどの貴重な資料だ。ここに展示されている1215年のマグナ・カルタ(大憲章)の手稿はあまりに有名だ。現代の法律の基になったものだ。

私の一番の目的はレオナルド・ダ・ダビンチやモーツアルトの手書きの原稿ではなく、貴重なビートルズ・コレクションの展示だった。ビートルズ(ジョン&ポール)の手書きの楽譜が展示してあるのだ。とりわけ、ポール・マッカートニーが書いた「Yesterday」の原稿が見たかった。世界中のミュージシャンにカバーされていて、「世界で一番多くカバーされた曲」としてギネスブックにも載っている。「Yesterday」を聞いたことのない人はいないだろう。展示室に用意されたヘッドフォンでポールの歌う「Yesterday」を聞きながら、手書きの楽譜が見られるようになっている。

8年前はバッグの点検もなかったが、その後テロ事件などのせいで入口でバッグのセキュリティチェックがあるようになったようだ。当時禁止されていたカメラ撮影は、今ではフラッシュを使わなければ撮影できるようになっている。

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時差ボケで空腹は感じなかったが、少し早目の夕食(キッシュ)を駅のレストランで軽く食べた。キッシュは元々はフランス料理だが、イギリスやアメリカでは一般的な料理となっている。ホテルに戻りシャワーを浴び、すっきして少し休んだ。

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夜中に目が覚めニュースに目を通し、チャンネルを変えるとBBCが特別番組が始まったところだった。ビートルズ・ナンバーのいくつかを、現代のロンドンの若いアーティストが歌い上げるものだ。それぞれの個性が出ていて興味深かく、1時間以上の長い番組だったが飽きなかった。ビートルズの旅一日目の宿で、ビートルズ・ナンバーが聞けるとは思ってもいなかった。番組が終わると睡魔に襲われ、泥のような深い眠りに入って行った。 つづく・・・


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ビートルズの軌跡をたどる旅(1)

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今日(2日前)のハワイの新たな感染者は113人、オアフ島で69人、マウイ島10人、ハワイ島で18人、カウアイ島10人、モロカイ島0人、ラナイ島0人が確認されている。これまでの感染者数の合計は81,614人となった。新たな死亡者は4人、死亡者合計は845人。ワクチン接種率は69.6%。
オアフ島:56,517、マウイ島:9,283、ハワイ島:10,492、カウアイ島:2,427、ラナイ島:140、モロカイ島:234

生きている間にしたいことのバケット・リストに英国リバプールを訪れることがあった。中学時代から好きだったビートルズが生まれたリバプールにいつか行きたいと考えていた。もう8年前になるが2013年11月に、同じくビートルズファンの妻と一緒に2週間のロンドン&パリの旅に出かけた。

旅行が自由にできないコロナ禍の今、記憶があいまいになる前に今まで紹介したことのない「ビートルズの軌跡をたどる旅」を紹介しよう。旅の楽しみは、自宅を出る前から始まっている。ネットがある今、情報はいくらでも事前に簡単に手に入る。情報集めも旅の楽しみだ。

目的地周辺は事前にグーグルマップのストリートビューで入念にチェック。ロンドンとパリで滞在したホテルは、交通の便がいいホテルをストリートビューで実際に歩いてみて見つけたものだ。周辺の治安に快適さは無視できない。ホテル周辺は入念に何度もストリートビューでチェックする。コンビニやスーパーの存在もチェック。

ホノルルを早朝6:50にルフトハンザ航空9321便で出発し、ロサンゼルスLAXに5時間32分のフライトで午後2:22到着。飛行機をルフトハンザ航空9343便に乗り換えて午後4:50LAX出発、ロンドン・ヒスロー空港に10時間35分のフライトで、午前11:30着。機内はガラガラでインフライト・エンターテイメントが充実していて10時間が長く感じなかった。ポール・マッカートニー&ウイングスのライブビデオが見られたのが嬉しかった。

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ロンドン・ヒスロー空港では、あまりに簡単に入国できて驚いた。今だったらと考えると、想像もできない。空港ターミナルからは地下鉄1本でロンドンの中心まで行ける。空港出発の地下鉄は混んでいなかったが、ロンドン中心部に近づくにつれ乗客が増えていく。吊り輪のない車両は日本よりもかなり狭い。セント・パンクラス駅で、満員の狭い車両から大きな荷物を持って下車。どこに行くにも便利なロンドンの主要ターミナルの一つセント・パンクラス駅前のホテルに宿泊した。この駅からは中東部のリバプールにも英仏海峡トンネルでパリにも行ける。 つづく

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*レインボーカウント: 午後5時過ぎに出現 2021年 89日


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