1945年8月15日、日本がポツダム宣言を受諾し、太平洋戦争が終わった。今年も日本では、皇居前で膝づき玉音放送に涙する当時の人々の映像が流れただろうか。日本では決して紹介されないホノルルの街の歓喜の姿。勝者と敗者の姿はあまりに違う。
日本のポツダム宣言受諾は、首都ワシントン時間8月14日午前(日本時間15日)に発表された。ハワイは首都ワシントンより6時間遅れているので、ホノルルでも同日の午後から夕方にかけて大ニュースとしてラジオで流れ、人々は一斉に街に飛び出した。
ホノルル・ダウンタウンの中心部のキングストリートは人波で埋まり、アメリカ国旗を振ったり、軍服姿の兵士と市民が抱き合ったりした。 教会の鐘が鳴らされ、真珠湾でも艦船が汽笛を一斉に鳴らして終戦を祝った。
ホノルル港周辺やワイキキのホテル街でも人々が歌や踊りに繰り出し、即興のパレードのような熱気でだった。 当時多くの兵士や水兵がホノルルに駐屯しており、彼らは街へ繰り出して酒場やダンスホールに集まった。
ホノルルは夜になっても騒ぎは収まらず、音楽や花火、爆竹の音が鳴り響いた。 酒場では即興の「勝利パーティー」が行われ、軍楽隊が演奏し、兵士や市民が一緒に踊り続けた。 戦争中の暗い空気が一気に解放されたような「狂騒の一夜」として多くの人の記憶に残っているようだ。
1945年8月、終戦の日のホノルルは、真珠湾攻撃から始まった3年8ケ月の戦争の終わりを告げる大歓喜に包まれ、街中が「勝利の祭り」に変わった。大都市のほとんどが焼け野原となった日本の終戦とは対照的だ。
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