楽園ハワイと私

2002年、カリフォルニアよりハワイに引っ越してきました。ホノルル・ダウンタウンに住んでいます。

2025年02月

ライエ・ハワイ・テンプル

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ノースショアにあるライエ・ハワイ・テンプルへいつか行きたいと思っているが、いつも素通りで遠くから写真を撮ることしかしない。ここへの訪問だけを目的に、ホノルルの喧騒を逃れていつかゆっくり訪れたいと思っている。

オアフ島を一周する時にタートルベイ近くでチラリと見える白亜の建物はモルモン教の寺院である。寺院に至る長い道の両脇には椰子の木が並び、神殿前には噴水もあり荘厳な姿を見せている。太平洋のタージマハルと呼ぶ人もいる。

近くのポリネシア文化センターを運営しているのはモルモン教だ。モルモン教の大学のキャンパスが隣接し、大学の生徒たちが教育の一環としてポリネシア文化センターの運営に参加しているのはよく知られたことだ。

ライエ・ハワイ・テンプルは、ユタ州にあるアメリカ本土以外の初めての寺院だ。1919年に建設された寺院は、ユタ州以外では一番古い教会として存在している。 ポリネシアン文化センターから、無料の送迎バスが出ていて、寺院周辺を訪れる事ができる。教会内はモルモン教徒に限られているようだ。

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ホノルル今と昔(27)パラマ消防署

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ダウンタウンからノース・キングストリートを西に進むと、右手に新鮮な魚介類やポキを販売するピンクの店舗が見えてくる。そこから50m先に進むと左手に古い存在感のある建物が建っている。1901年に建てられた当時の最新施設を誇るパラマ消防署である。

ハワイにおける初めての地中海ロマネスク様式のイギリス製レンガ造りの消防署は、その後25年間ハワイの消防署のモデルとなった。しかし、細部に渡るデザインなどにおいてこのパラマ消防署に勝る建築様式の消防署は生まれなかった。そんな貴重な古い消防署の建物がパラマ消防署だ。

高さ23mの火の見櫓は長い消火ホースをぶら下げて干すことができ、入り口は初めての電動で開閉できるようになった。緊急時に、消防隊員が次々と棒につかまって、するりと階下に下りて出動していく滑り棒が設置された初めての消防署でもあった。

1965年まで消防署として活躍した古い建物は、その後1981年まで事務所として使用されたが、今は固くドアを閉ざしている。1901年と言えば、ワイキキでモアナホテルが建設された年でもある。


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ホノルル今と昔(26)デューク像の大きな木(ワイキキ)

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上の白黒写真を見てすぐに場所を特定できる人は少ないと思うけれど、下の写真ならばハワイ好きならばほとんど場所がわかるだろう。白黒とカラー写真ではずいぶん時代が経って見えるが、画像に映る大木のバニアンツリーは時代が変わってもその存在感を示している、

ワイキキのカラカウア通りを西に行くと海が見えてくる場所は、ハワイを訪れる人に「これぞ、ハワイ、ワイキキ!」という風景が見えてくる場所だ。鮮やかな海の色と砂浜のビーチで横たわる人たちを見て、誰もがハワイにやって来たと実感するだろう。

そんな風景が目にとんび込んで来ると、目の前に生い茂るバニアンツリーが大きな日陰を作っている場所がある。上の写真の時代は車から判断すると、1940年代だと推測することができる。サーフィンの神様と言われるデューク・カハナモク像はまだ建っていない。デューク像が建ったのは1990年だ。

デューク像が建てられた辺りには、1926年から1968年まで存在したワイキキイン&タバーンの宿泊施設とレストランがあった。このブログを読んでいる人でここに宿泊した方は見えるだろうか?上の写真から15年ほど経った1950年代の写真にも大きなバニアンツリーが見られる。今と違ってカラカウア通りは対面通行だ。一方通行になったのは1971年である。


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ダウンタウンでトンカツ弁当はいくら?

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コロナ以前はよく利用していたダウンタウンの中心にあるパイオニア・プラザ1階のフードコート。しばらくこのビルの上階で仕事をしていた時は毎日のように利用していた。また最上階の天井が高く見晴らしが最高だった会員制ラウンジとレストランにもよく通ったものだった。

コロナで世界が変わり、最上階のラウンジ&レストランもフードコートのお気に入りの日本食店も潰れてしまった。美味しいお袋の味の弁当が確か7.5ドルで食べられたのが今では何十年も前の遠い昔のように感じられる。

空き店舗だらけだったフードコートに活気が戻っている。ダウンタウンで働く人たちの胃袋を満たす新たな店舗がオープンしている。そんな中、2023年9月にオープンした日本食の「トンカツ・サンギ」の店主は日本人のようで、トンカツ、ラーメン、カレーの簡単なメニューで組み合わせのメニューがある。トンカツ弁当を食べてみた。味噌汁付きなのが嬉しい。

コロナ前と大きく変わるのが弁当の値段だ。コロナ前には10ドルも出せば、お釣りが来る値段の弁当も、今は2倍以上になっている。上のトンカツ弁当は17.95ドル、消費税を入れて18.80ドル、クレジットカード利用料3%を加算され合計19.36ドルなり。ハワイのごく普通な弁当も20ドルの時代がやって来た。日本円にしたら3000円超えである。


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ホノルル今と昔(25)ユニオンモール1940年代

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昨日に紹介した1860年前後の写真からおよそ80年後の1940年代の同じ場所を撮った写真である。まだユニオンストリートで道路として利用されているのが、駐車している自動車から判断できる。今はユニオンモールとなって歩行者が行き交う。

左側の高いビルにKRESS(クレス)の文字が見えるのは、全米のどの大都市にもあった庶民のための低価格の百貨店のような店舗で、天井が高く建築洋式に凝った建物が特徴的だった。

この建物はフォートストリート側とユニオンストリートから出入りでき、数日前のシリーズ19回の1964年のカラー写真にもクレスを見ることができる。ハワイでは1938年開業で、多くの人に惜しまれて1981年に閉店した。

今の写真と比べると、右側の店舗建物が今も存在するのがわかる。窓枠が同じ形をしている。現在モールの入り口で営業しているミスタードーナッツ(日本とは別物)の建物も古く、この一帯の建物は低層で戦前に建てられたものが多い。


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ホノルル今と昔(24)ハワイ初の消防署

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初めての消防署が1850年にホノルルダウンタウンのユニオン・ストリートに設立された。中央の高い建物がその消防署だ。当時はホノルルで一番高い建物として注目を集めた。道路は舗装されていなく、一般に馬車の時代だ。

1897年にベレタニア通りとフォート・ストリートの角に移されたので、古い写真は1850年〜1897年の間に撮られたものである。写真から判断すると、おそらく1860年ごろの写真だろう。日本では江戸から明治へ変化する時代だ。

この歪曲したユニオンストリートがあるホノルルも大きく変わっていく時代だった。今のダウンタウンからは想像もできない遠い昔の写真である。消防車も馬が牽引していたかもしれない。

現在はユニオンモールと名前を変えて歩行者専用の道路となっている。下の写真のモールの右側にはローカルに人気のミスタードーナッツがある。名前は一緒だが、日本のミスタードーナッツとは関係のないローカルのドーナッツ店だ。手前の通りはバス専用道路のホテルストリートである。


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ホノルル今と昔(23)タンタラスからの眺め 1959年

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このシリーズも20回を迎えた。今回はタンタラスの丘からワイキキを眺めた風景の比較をしよう。古い写真は66年前の1959年のものだ。ダイヤモンドヘッドの姿は全く変わっていないが、ワイキキの変貌には誰もが驚くだろう。ワイキキの高層ビルは今も増え続けている。

1959年はハワイが州としてアメリカ最後の50州目になった節目の年でもある。ワイキキの高層ホテルが建設され始めたのは60年代になってからである。それまでは、バンガロースタイルの宿泊施設が多かった。

また1959年はアラモアナセンターがオープンした年でもある。ショッピングの中心がダウンタウンから大駐車場を持つアラモアナセンターに移行する歴史的な転換期となる年でもあった。これを機会にダウンタウンは少しづつ寂れていくことになる。

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ホノルル今と昔(22)フォートストリート’50

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先回このシリーズ18回で紹介したホノルルで一番の繁華街だったフォート・ストリート。先回は1962年の写真だったが、今回は逆方向の山側から見た50年代初期のフォート・ストリートの賑わいだ。季節は飾り付けからクリスマス前のようで華やかさが一層目立つ。

人が旅客機で移動するずいぶん前から、ダウンタウンはホノルル港から下船した世界からやって来る人たちで賑わった。たくさんのホテルが存在し、目抜通りのフォート・ストリートにはデパートや専門店が並び、いくつもある劇場もいっぱいの人で埋まった。

写真中央に見える旧ブレイズデル・ホテルの建物は、現在も存在する古い建物だ。113年前の1912年5月にオープンしたのが、4階建て64部屋のブレイズデル・ホテルだ。写真中央のクリーム色のビルである。当時の一泊の料金はわずか1ドル。ワイキキのロイヤルハワイアン・ホテルが1927年の開業だから、ビンクパレスよりも早い開業だ。

ブレイズデル・ホテルは、1922年に建築されたハワイシアターやセントラルユニオン教会を設計した同じ建築家によるデザインで、歴史的な価値のある建物で現在も使用されている。かつてホテルだったことがわかる古いネオン看板は、劣化が激しく残念にも去年取り外されてしまった。

ほぼ同じ場所から撮ってみた今日の風景から、かつての賑わいを想像できるだろうか?今のダウンタウンは寂れ、ウィークデーの昼間と言うのに人の姿は少ない。空き店舗が多く、街全体に人を引き寄せる物がない。ホームレスたちの姿が目立つ。この100年以上の歴史で、今が一番人がいなく寂れているのがダウンタウンだろう。


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ついに日本のバケツを見つけた(ダイソー)

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20年以上前にハワイで購入した日本製のバケツが壊れて、アメリカのバケツは大きく日本サイズのバケツを捜していることを以前に独りごちた。ほんのちょっとした水仕事に日本サイズのバケツが都合がいいのだ。

その時は、ホノルルの幾つかのホームセンター、もちろん日系のドン・キホーテやマルカイ、そしてダイソーでも日本サイズのバケツを捜した。どこにも自分が欲しいと思っていたバケツがなくてがっかりした。

アメリカ製のバケツで我慢していたところ、ふらりと寄ったダウンタウンのダイソーで日本サイズのバケツを見つけた。ダイソーの商品は躊躇していたら次には無いことが多い。中國製なのですぐに壊れそうだが、1.75ドルなら仕方ないか? ダイソーは時々は寄ってみるものだ。捜し物に会えることがある。

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目覚ましいテスラのロボットの進化

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ロケット開発は国家プロジェクトだったのに、誰がロケットを商業化することを考えるのだろう? そのロケットの無駄をなくすために、海に落下させた宇宙船を切り離した発射ロケットを発射台に自動的に戻すことさえも可能にさせた。テスラの技術は我々の想像を超える。

ワイキキのテスラ・ショールームに行き、入り口を入るとロボットのテスラボットが迎えてくれる。迎えてくれると言っても、マネキンのように動かなく展示されているだけだ。テスラが初めてテスラボット(通称、Optimus:オプティマス)」を公開し世間を驚かせのがまだ2年ちょっと前の2022年。

ホンダの二足歩行ロボット(ASIMO アシモ)が、2000年に登場して世界を驚かせた。そのアシモが2022年に姿を消すことになったのは、ホンダとテスラの世代交代のようで日本人としては残念なことだ。ホンダは今後アバターロボットの開発に力を入れるそうだ。

テスラは過去に類を見ない2年足らずの超スピードでロボットの開発をしていて、すでにテスラボット第2世代を作っている。ホンダが20年以上の年月をかけてもできなかった領域に達している。テスラの目指すのは人間と同じ仕事ができる汎用の人間ロボットだ。危険な作業や退屈な単純作業など「人がやりたがらない作業をする」ロボットだ。

テスラの技術は、ハードウェアだけではなくソフトウェアにも特徴がある。テスラの自動運転車の機械学習の技術は世界を驚かせている。自動運転車と同様に、ロボットの動作のほとんどを機械学習で最適化させていく。すでに無人タクシーが実用化されている。テスラの技術革新の速さは類を見ないものだ。テスラボットが実用化される日は遠くない。

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