楽園ハワイと私

2002年、カリフォルニアよりハワイに引っ越してきました。ホノルル・ダウンタウンに住んでいます。

2022年05月

ハワイ州外の車ナンバー(フロリダ州)

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コロナウイルスが出現する前からハワイを去る人がいたが、コロナ禍でハワイを出ていく人の数が増えている。ハワイの異常な物価高と雇用機会の少なさが、ハワイで生活することを困難にしている。

ハワイでのギリギリの生活から、経済的に精神的に余裕のある人間らしい生活を送るため、ハワイから本土の移住を決断する人が少なくない。ハワイを出ていく人たちはこれからも増えていくだろう。

ダウンタウンでフロリダ州のライセンスプレートを付けた車を見つけた。出ていく人もいれば、ハワイにやって来る人もいる。リモートで仕事ができるようになった今の時代、経済的な余裕があれば、世界のどこででも仕事はできる。

フロリダ州は北・中部が亜熱帯、南部は熱帯に属して暖かいので、「サンシャイン・ステート」と呼ばれている。大都市マイアミを始めとして、リゾート観光地としても知られているアメリカ第3位の人口をもつ大きな州だ。

フロリダ州のライセンスプレートの絵柄には、州を代表する農作物のオレンジとその花が描かれている。フロリダ州のオレンジは、全米の74%を生産する。ハワイにやって来るオレンジもほとんどがフロリダ産になっている。

州によってデザインが異なるアメリカのナンバープレートは、それぞれの州の特産品や有名なモノが図柄になることが多い。ハワイ州は、レインボーが背景になっている。これまでハワイ州を含めた14州のライセンスプレートを紹介してきた。ハワイでいくつの州が見つかるのか?50州すべて見つかるまで紹介していこう。


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日本の軽自動車を発見

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チャイナタウンで見慣れない車を見かけた。右ハンドルの外国車だ。アメリカの車は通常左ハンドルで、古い郵便配達車だけが例外で路肩に止めてすぐに歩道に出られるように右ハンドルになっている。右ハンドルの外車は日本の原風景にあるあの軽トラだった。

チャイナタウンで見かけたクルマは、正真正銘の日本の原風景にもあるあの軽トラックだ。田んぼのあぜ道や山奥の林道、入り組んだ市街地の狭い道路をスイスイ走る軽トラは日本には欠かせない重要な働くクルマだ。

小回りの利く日本の軽トラは使いやすい上燃費も良く、農作業などに従事する人にはなくてはならないクルマになっている。小さくても荷台には結構な量の荷物が積める。学生時代に軽トラを借りて、友達の引っ越しを手伝ったことがある。アメリカの巨大なピックアップトラックよりも荷物が積める。

アメリカのピックアップトラックは、軽トラが日本の風土に合うようにアメリカの風土に合った、アメリカ文化の象徴でもある。4気筒2200ccから10気筒5000ccまでさまざまなピックアップトラックがアメリカを走っている。アメリカの田舎にはまだ未舗装の道が少なくない、大排気量の大きなタイヤならば走り抜けるのが簡単だ。キャンピングカーの牽引もパワーがあるので簡単だ。軽トラの660ccでは無理だ。

アメリカ国内で正規販売されていない車種についてはアメリカの厳しい安全基準や排ガス試験をパスしなければ、個人輸入ができない。近年になって製造から25年経過した車種はアメリカでも緩い基準で輸入できるようになった。日本の1990年代の軽トラックが25年の基準をクリアして、ハワイで走っているのはそんな理由があるからだ。

日本で行われる車検制度のおかげで、25年以上たった古い軽トラでも故障は少ないだろう。また、日本の軽トラックが長距離を走ることはあまりない。農作業や近所の用事のチョイ乗りに使われることがほとんどなので、25年以上たった古い車でも走行距離は5万km以下のアメリカでは信じられない状態の軽トラがある。

ハワイで軽トラを見かけたのはこれが3度目だ。前に見た軽トラとは違うホンダ製の軽トラだ。狭いハワイでは日本の軽自動車の需要はかなりあると思う。メインテナンス体制がしっかりしていれば、ドル高で安く購入できるようになる。これからも日本の古い軽を見かけることが増えるだろう。

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ビートルズの軌跡をたどる旅(8)リバプール

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生きている間にしたいことのバケット・リストを実行する旅に出かけた。学生時代から好きだったビートルズが生まれた英国リバプールにいつか行きたいと考えていた。2013年11月に、2週間のロンドン&パリの旅に出かけたのだ。今日はその8回目。7回では、リバプールでレンタカーを借りてビートルズゆかりの場所を訪れたが今回はその続編。

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先回はジョンの名曲“Strawberry Fields Forever” になった、ストロベリー・フィールドを訪れたが、今度はポールの名曲“Penny Lane” で曲の舞台になったペニー・レイン。1967年発売当時シングルレコードはA面がヒット曲で、B面は穴埋めの駄作が多かったが、このビートルズのこのシングルレコードは両面A面の珍しいもの。もちろん、“Strawberry Fields Forever” と “Penny Lane” が背中合わせでプレスされた貴重なレコードだ。名曲“Penny Lane” はペニー・レインの街の風景が歌われている。

“Penny Lane” はポールの小さな通りにまつわる子供のころの思い出を曲にしたものだ。ペニー・レインはわずか800m程度の短い通りで、端から端までゆっくり歩いてみた。ポールが曲中で歌う床屋や街角の銀行は現在も存在して、ビートルズが存在しなければ何の変哲もない小さな通りだ。ビートルズゆかりの地や名所として人気が高い場所だ。

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歌詞に出てくる床屋

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歌詞に出てくる銀行

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今回のブログをアップする前に、あの時を思い出そうともう一度ペニーレインをグーグルマップ(ストリートビュー)で端から端まで街並みをチェックしてみた。ここにもコロナの影響が見えるは残念だ。

ペニーレイン沿いにある朝食を取ったコーヒーショップが店をたたんでいる。静かなコーヒーショップで、窓際の席で人の往来を眺め食事をしながらゆっくり時間を過ごしたのを今でもはっきり覚えている。隣のヘアーサロンも今はない。

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ペニーレインには古い大きな教会がある。ポールが12歳~14歳まで聖歌隊として参加した教会だ。14歳の時にポールは母親を乳がんで亡くしている。この教会では1982年にポールの弟マイクが結婚式を挙げて、ポールと妻リンダが参列している。教会の中には2年間ポールが利用した祭壇近くの座席に記念プレートが記してあった。

ポールの名曲 “Penny Lane''を下手なウクレレで弾いてみた。


次はジョンとポールのあの場所・・・へ向かう。

ビートルズ巡礼の旅はつづく


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アップルバナナはいかが?

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常夏の島ハワイでは様々なトロピカルフルーツが気軽に食べられる。カトン、サポテ、ドラゴンフルーツ、マウンテンアップル、ジャックフルーツ、チェンペダック、スターフルーツなど聞いても想像もできないようなトロピカルフルーツがハワイにはある。

ハワイに住んでいると、よく自宅で取れたと言うハワイらしいトロピカルフルーツが頂ける。中には今までに食べたこともないような珍しいフルーツが我が家の食卓を飾ることもある。マンゴやパパイヤが自宅の庭に植えてある家庭が少なくなく、フルーツの季節になると知人の庭から取れたてのマンゴやパパイアやが届けられる。ありがたいハワイに住む特権だ。

代表的なマンゴにパパイヤはホテルのレストランのメニューにもあり、ハワイでも人気のフルーツだ。ハワイの庭から届けられるマンゴやパパイヤも何種類もあり、これがマンゴ?これがパパイヤ?なるものも少なくない。下のファーマーズマーケットでは2種類のマンゴが売られていた。黄色のマンゴも時々我が家にやって来る。

先日届いたのが、アップルバナナの大きな房が2つも届いた。アップルバナナもハワイにやって来て初めて口にしたフルーツの一つだ。一般のバナナよりも少しフルーティな食感で、熟して食べると美味しいが倍増する。大木は一般のバナナの半分ほどで、手ごろに小腹がすいたら手を伸ばして口にすることができる。これからの季節、我が家にどんなフルーツが届くのだろう。



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ついに見つけたクラシックカー

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ダウンタウンでは路上を走る画像のクラシックカーをよく見かけていたが、ついにそのクラシックカーが駐車しているを見つけた。ダウンタウンのパリハイウェイ入口にあるセイフウェイとロングスの駐車場にその車が駐車されていた。

1933年型のシボレーだ。当時の車は今のように何種類も製造されていなく、1933年製のシボレー社の乗用車となる。日本のトヨタが初めて量産したトヨタA型エンジンは1933年製のシボレーを忠実に真似たものだ。

当時は日本でも1933年型シボレーは日本でも製作されていて、市場にあるシボレー車用のため、部品の調達が簡単にでき整備の迅速化を図ることができた。今は世界をリードするトヨタも、かつてはアメリカの模倣から始まったのだ。

ダウンタウンの1933年型シボレーのエンジンは、すでに載せ替えされて新しいものになっている。細かい部分はオリジナルの部品ではなく、レストレーションも完全な物でなくペイントも素人仕事のような仕上げになっている。車の所有者は70がらみの男性だった。89年前の車に乗れば、タイムマシーンのように過去に戻れそうだ。クラシックカーにはそんな夢がある。


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イオラニ宮殿でもらったもの

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部屋を方付けていたら懐かしいものを見つけた。2009年8月2日(日曜日)の日付が入った、13年前のイオラニ宮殿に行った時のチケットだ。イオラニ宮殿には何度も入ったことがあるが、日曜日だからきっと以前はあったハワイ住民の無料入場を利用したのだろう。

13年前の厚紙の入場チケットは、100年ほど前に宮殿での舞踏会で使用されたダンスカードの模写になっているそうだ。入場記念のチケットとなっている。イオラニ宮殿の運営もコロナ禍前から厳しそうだったから、きっと今は紙のチケットは廃止されてネット予約のEチケットになっているのだろう。

この2年はもちろんのこと、以前はよく出かけた場所に何年も行かなくなっている。イオラニ宮殿もその一つだ。自宅から歩いて行ける距離で、図書館に行く途中に宮殿の敷地を通ることはあっても宮殿内に入ることはなかった。

最後に訪れたのが2015年9月だからもう7年近くになる。以前は宮殿内の写真撮影が禁止されていたのが、撮影が許されるようになってたくさんの写真を撮ったのを覚えている。またイオラニ宮殿まで散歩を兼ねて行ってみよう。久しぶりに宮殿内を見学してみよう。


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ハワイにアラスカ州?

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シリーズ物としてハワイ州内で発見したハワイ州外の車のナンバープレートを紹介している。アメリカ本土から遠く離れた離島ハワイにはアメリカ本土からやって来た車が結構ある。

アメリカ本土から荷物と共に一緒にコンテナーで運ばれてきた車だ。ハワイは太平洋の軍事戦術の要で多くの軍人が基地に駐在する。軍の職員とその家族がハワイ人口の10%以上を占める。軍人の移動も多く、本土の軍基地からの移動でハワイにやって来る人も少なくない。引っ越しの際には軍が無料で車も運送してくれる。

州によってデザインが異なるアメリカのナンバープレートは、それぞれの州の特産品や州独特の有名なモノが図柄になることが多い。虹の国ハワイ州は、レインボーが背景になっている。これまでハワイを含めた13州のライセンスプレートを紹介してきた。

今回はアラスカ州が発見できたと思って自宅で写真を確認して驚いた。外枠のメイフィールド・トヨタが邪魔をしてナンバープレートの文字だはっきり見えない。メイフィールド・トヨタをグーグル(検索)して見みると、カナダの車であることがわかった。

最初の2文字からアラスカだと思っていたのは、隣国カナダのアルバータ州のナンバープレートだったのだ。カナダからは簡単に車でアメリカに移動はできるものの、国を超えてはるか離れたハワイまでやって来れるのには驚いた。一般人の引っ越しではなく、軍関係者の車両だろうか?それにしても、ハワイでカナダからやって来た車を見つけられるとは思ってもいなかった。

これからもこのシリーズは続く。ハワイでいくつの州が見つかるのか?50州すべて見つかるまで紹介していくつもりだ。


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ハワイの人口減少

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ハワイ州の人口が減少して4年目になる。65歳以上で増加が見られたにもかかわらず、ハワイからの人口流出が止まらない。コロナ以前からのハワイの物価高などがハワイから本土への移住者を増やす原因となっている。

国勢調査のデータは、18〜24歳の居住者と45〜64歳の居住者の大幅な減少を示している。これら2つの年齢層は、ハワイ経済の重要な要素になっている。18〜24歳は学業を終えた若者で、将来のハワイを担っていく人たちだ。45〜64歳は通常、最高の経験、訓練、教育を次の世代に伝えていく人たちである。

有能な労働力が流出しているのが今のハワイの現状だ。私立学校の優秀な卒業生は、本土の大学に行きハワイには戻ってこない。これはハワイだけでなく田舎都市の宿命かもしれないが、田舎都市でもハワイはすべての物価が高い。住宅費の高騰が大きな障害になっている。

オアフ島の平均的なシングルファミリーの家屋の売買価格の中央値が1.1ミリオンドル(約1.4億円)を超えた。ハワイの平均的なシングルファミリーが購買できる値段をはるかに超えている。低金利の現在の環境でも、世帯収入の中央値は中央値の家を買う余裕がない。45〜64歳の多数の人々が州を離れるのも無理はない。

人口の減少は税収にも影響する。職を離れてリタヤーした65歳以上の人口が増えても、税収は増えない。働き盛りの労働人口の減少は徴税額の減少となる。優秀な若者の流出を防ぐ努力をしないと、ハワイの将来は期待できないだろう。



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灰皿にマッチを見かけない昨今

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時代の変化とともに、私たちの生活に新たに登場する物、消え去っていく物がある。どんな時代にもそんな物があるものだ。一昔前には日常生活のどこにでもあった灰皿とマッチを見なくなった。

喫煙率が高かった1960年代から70年代、当時の成人男性の多くが喫煙者だった。成人になれば、煙草を吸い酒を飲むのが当然の世界だった。成人男性の8割以上が喫煙者だった。

電車や飛行機の中ででも喫煙ができ、それぞれの座席には灰皿が取り付けてあった。駅のホームでは人々は煙草を吸いながらやって来る電車を待ったものだ。いたるところに灰皿が設置され、さまざまな場所でたばこを吸うことができた時代があった。

飲食店で食後に一服するのは当たり前の頃、どの飲食店のテーブルには灰皿が備え付けられていた。店名の入ったオリジナルの洒落たマッチを収集する人たちがいた。中には気に入ったデザインの灰皿を無断で持って帰る人もいた。

ハワイのスリフトストア(リサイクルショップ)で見つけたのが、カリフォルニアの灰皿だった。中華飯店と市バスの灰皿だ。どちらもサンフランシスコとサクラメントの中間にある小さな町のものだ。あまり使用された様子もない美品である。絵柄から見ると60年代のアンティークのようだ。

世界には灰皿のコレクターがいるのだろう。レストランやホテル名の入った灰皿が収集されている。一度は古いラスベガスのホテルやモーテルの灰皿をたくさん見かけたことがある。

喫煙の害が認知され、健康志向の高まりや喫煙規制が強まっていくと供に、灰皿とマッチが消えて行った。我が家にやって来たカリフォルニアの2つの灰皿は、今は私のデスクの上でクリップと小物置きとなって第二の人生を送っている。

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パールハーバー太平洋航空博物館

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ハワイの歴史と言えば、1941年12月7日の日本帝国の真珠湾攻撃を抜きに語れない。この10年ほど毎年最低1回は訪れる場所に、2006年のオープンしたパールハーバーのフォード島にある太平洋航空博物館がある。何度訪れても同じだろうと言われそうだが、それが違うのだ。展示物が毎年増えていて、また同じ展示物でも展示方法を工夫を凝らせ変化させているのが私を飽きさせない。子供の頃に組み立てたプラモデルのタミヤ模型や長谷川模型の実物を目にすると、子供のように時の経つのも忘れる。

格納庫ハンガー37は博物館のメイン展示スペースで、日本の零式艦上戦闘機やUSSアリゾナの船体の一部など太平洋戦争に関する展示品となっている。

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空母の上で真珠湾攻撃の出撃を待つゼロ戦(三菱A6M2 )
21型航空母艦搭載用零式戦闘機(飛行可能)
開館以来展示されていたパイロットと出撃を送る整備員の人形がなくなっている

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昨年からの新しい展示物:戦艦アリゾナの残骸部分

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真珠湾攻撃直後に東京を襲ったB25ミッチェル爆撃機


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偵察爆撃機 SBD Dauntless

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P-40 ワーフォーク
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軍仕様のハーレーダビッドソンWLA750

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ハンガー79に展示される近代機

航空博物館の格納庫ハンガー79は、1941年12月7日の真珠湾攻撃時から残る数少ない貴重な建物の一つだ。ひび割れたガラスには銃痕の穴も残っていて当時の戦闘の様子がうかがわれる。戦場となった場所に残る唯一の航空博物館である。

ハンガーには最大30機の航空機を内部に展示することが可能性だ。建物は風通しよく、心地いい北東の貿易風が通り抜け、建物内で快適に仕事しやすいように設計されている。真珠湾攻撃時には、主に戦闘機の修理、組み立て、戦闘機への兵器の取り付けに使用されていた。格納庫の2階の中二階は、パラシュートのメンテナンスに使用された。

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アクロバット飛行のブルーエンゼルス

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ニュージーランドで発見されたB27爆撃機

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今楽しみにしているのが格納庫近くにある赤と白色にペイントされた航空管制官のために建設されたタワーの見学が計画されていることだ。一度に最大12人しか上がれないため、1日あたり約100人しか訪問できないようだ。地上158フィート(47m)からは、真珠湾全体を見渡すことができる。

アメリカとの太平洋戦争は真珠湾で始まり、戦艦ミズーリの甲板で終わった。その場所を同時に一望できるのは貴重な体験となるだろう。間もなく見学ツアーが開始される。是非訪れたいと思っている。



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