本能寺の変は、天正10年6月2日早朝、明智光秀が、京都本能寺に滞在する主君・織田信長を襲撃した事件である。今年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」では、来月あたりに本能寺の変が展開されるだろう。
本能寺は現在とは場所が異なる。二条城に近い場所にあって、東は西洞院大路、西は油小路通、南は蛸薬師通、北は六角通に囲まれた区画内にあって、東西約120メートル南北約120メートルという敷地に存在したそうだ。
明智光秀が率いる一万三千人の軍勢に寺を包囲された織田信長にはわずか百人余りの護衛、自ら寺に火を放ち自害した信長の最期は戦国時代のミステリーと言われている。この春、京都を訪れた際にその本能寺跡に行ってみた。
歴史を変えた事件が起こった場所に、その史跡碑がひっそり立っている。織田信長が最期を迎えた場所だ。多くの歴史が残る京都だが、ここは四百年以上前の出来事が想像もできないほど変わってしまっていた。
清水坂にある宝徳寺の門前で『大将一人で 戦いはできぬ』の言葉を見つけた。織田信長に送りたい言葉だ。信長に人を思いやる心があったなら、本能寺の変はなかっただろう。
高校時代に覚えた語呂合わせを思い出した。本能寺の変(苺パンツ1582年)
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