春先の京都で、行きたかった場所の一つが円山公園入り口にある長楽館だった。趣味で書いている『京都ホノルル物語』の舞台の一つを、自分の目で確かめたかったのだ。登場人物のアメリカ人スパイが密会する場所に選んだ場所である。
長楽館は、煙草王と呼ばれた村井吉兵衛が、明治42年に国内外の賓客をもてなすために建てた洋館である。当時「京都の迎賓館」と呼ばれた贅を尽くした長楽館は、古い和風建築の多い京都では際立っている。
アメリカ人建築家による設計で建てられた長楽館は、伊藤博文や大隈重信などの明治の要人たちだけでなく、英国皇太子などの国賓も訪れたとされている。 長楽館と命名したのは伊藤博文で、その毛筆の木製額が壁に掛かっている。建物と調度品一体で価値が高く評価され、2024年には国の重要文化財に指定された。
京都では珍しい本格的な洋館は、瓦屋根と白壁の町並みの中で、まるで別の国の記憶をそのまま運び込んだかのように立っている。京都まで行って、わざわざ古い洋館の長楽館を訪れる人は多くないだろう。現在はカフェ、レストラン、少室数のホテル、ウェディング会場として使われている。
そのレトロ洋館のカフェでコーヒーを飲みながら、物語の1941年6月の京都を妄想して贅沢な時間を過ごしてきた。
アメリカ人建築家による設計で建てられた長楽館は、伊藤博文や大隈重信などの明治の要人たちだけでなく、英国皇太子などの国賓も訪れたとされている。 長楽館と命名したのは伊藤博文で、その毛筆の木製額が壁に掛かっている。建物と調度品一体で価値が高く評価され、2024年には国の重要文化財に指定された。
京都では珍しい本格的な洋館は、瓦屋根と白壁の町並みの中で、まるで別の国の記憶をそのまま運び込んだかのように立っている。京都まで行って、わざわざ古い洋館の長楽館を訪れる人は多くないだろう。現在はカフェ、レストラン、少室数のホテル、ウェディング会場として使われている。
そのレトロ洋館のカフェでコーヒーを飲みながら、物語の1941年6月の京都を妄想して贅沢な時間を過ごしてきた。
『 京都ホノルル物語 』より一部抜粋
ジャックは玄関先でそっと襟元を整え、重厚な扉を押して館内へ入った。
扉が閉まると、外のざわめきが遠く消える。
静まり返った玄関ホールには、赤い絨毯を踏む足音だけが柔らかく響いていた。
高い天井。
重厚な額縁の油絵。
磨き上げられた手すり階段。
洋館特有の静けさが、館内を満たしている。
ジャックは足を止めず、右手へ視線を向けた。
半地下へ続く石段が、ひっそりと口を開けている。
そこへ足を踏み入れると、空気がわずかに冷たくなった。
石段を下りきった先には、広いビリヤード室がある。
ステンドグラス越しの光が、中央のビリヤード台を淡く照らしていた。
そのとき―― 乾いた音が、静かな部屋に響く。
一人の男がキューを構え、ゆっくりと球を撞いたところだった。
白球が滑るように転がり、別の球へ静かに触れる。
弾かれた球が角のポケットへ落ち、その音が静かな部屋に響いた。
男はその音の余韻を聞くように間を置いてから、ゆっくり顔を上げた。
ジャックと視線が合う。
黄金色の前髪を無造作にかき上げる。
青い目が、どこか愉快そうに細められた。
男はキューを台へ立てかけ、ゆっくり歩み寄る。
「ローゼンバーグ教授。ようこそ京都へ」
流暢な英語だった。
男は右手を差し出す。
「道中は快適でしたか?」
握手を交わしながら、その青い目がジャックを静かに観察している。
愛想の良い笑みを浮かべているのに、どこか気を許せない目だった。
男は肩越しに部屋を見回した。
「ここは、京都では珍しく西洋人が目立たない場所なんです」
小さく笑う。
「この館には外国人もよく出入りしますからね」
そして声を少し落とした。
「最近は、街で長く話しているだけでも妙に目立つ」
青い目がわずかに細くなる。
「特高も、今年に入ってずいぶん神経質になっています」
短い沈黙。
ビリヤード台の緑だけが、静かに浮かび上がっていた。
「街中で会うよりは、ここが安全でしょう」
ジャックは玄関先でそっと襟元を整え、重厚な扉を押して館内へ入った。
扉が閉まると、外のざわめきが遠く消える。
静まり返った玄関ホールには、赤い絨毯を踏む足音だけが柔らかく響いていた。
高い天井。
重厚な額縁の油絵。
磨き上げられた手すり階段。
洋館特有の静けさが、館内を満たしている。
ジャックは足を止めず、右手へ視線を向けた。
半地下へ続く石段が、ひっそりと口を開けている。
そこへ足を踏み入れると、空気がわずかに冷たくなった。
石段を下りきった先には、広いビリヤード室がある。
ステンドグラス越しの光が、中央のビリヤード台を淡く照らしていた。
そのとき―― 乾いた音が、静かな部屋に響く。
一人の男がキューを構え、ゆっくりと球を撞いたところだった。
白球が滑るように転がり、別の球へ静かに触れる。
弾かれた球が角のポケットへ落ち、その音が静かな部屋に響いた。
男はその音の余韻を聞くように間を置いてから、ゆっくり顔を上げた。
ジャックと視線が合う。
黄金色の前髪を無造作にかき上げる。
青い目が、どこか愉快そうに細められた。
男はキューを台へ立てかけ、ゆっくり歩み寄る。
「ローゼンバーグ教授。ようこそ京都へ」
流暢な英語だった。
男は右手を差し出す。
「道中は快適でしたか?」
握手を交わしながら、その青い目がジャックを静かに観察している。
愛想の良い笑みを浮かべているのに、どこか気を許せない目だった。
男は肩越しに部屋を見回した。
「ここは、京都では珍しく西洋人が目立たない場所なんです」
小さく笑う。
「この館には外国人もよく出入りしますからね」
そして声を少し落とした。
「最近は、街で長く話しているだけでも妙に目立つ」
青い目がわずかに細くなる。
「特高も、今年に入ってずいぶん神経質になっています」
短い沈黙。
ビリヤード台の緑だけが、静かに浮かび上がっていた。
「街中で会うよりは、ここが安全でしょう」
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tigger
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