普段ハワイで暮らす私が、春先の京都旅行で心から楽しみにしていた一つが、行列の絶えない名店「京の米料亭 八代目儀兵衛」での食事だった。カリフォルニア産のカルローズ米も工夫次第で美味しく炊けるが、やはり本場日本の銀シャリは別格だ。独自のデータベースと職人の舌で厳選され、パーセント単位でブレンドされた米を土鍋の炊き立てで味わえると聞き、胸を高鳴らせて祇園の暖簾をくぐった。
八坂神社の目の前にある店舗は、米を主役にしたコースを求めて多くの観光客で賑わっていた。隣の席から漏れる「美味い」という感嘆の声を耳にしながら、期待に満ちた一口目を運ぶ。確かに普通以上に美味しいご飯で、二杯目には人気のお焦げも楽んだ。が、期待が大きすぎたせいか、あるいは宿泊先の朝食で出された同店の米も含め、心から感動するほどの特別さは感じられなかった。
その理由は、日本への帰国時に実家で口にする「美濃の米」にあるのかもしれない。母の実家がある岐阜県郡上市は、日本名水百選の第一号に選ばれた「宗祇水」を有する、湧水と清流に恵まれた名水の町だ。農家から直接分けてもらい、清らかな郡上の水で健やかに育った贅沢な米を普段から知っていたからこそ、名店の味をも超える基準が自分の中に出来上がっていたに違いない。
ハワイのカルローズ米、京都のこだわりブレンド米、そして美濃の清流が育んだ米。それぞれの土地に根ざした米の文化を巡る旅は、私に「本当に贅沢な美味しさとは何か」を静かに教えてくれた。どんなに技術や手間を尽くした名店の味であっても、豊かな自然の恵みと、そこで育まれた原風景の味には敵わないのだろう。
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