
戦前の娯楽が少なかった頃、小さな田舎町ハレイワにも劇場が作られた。1931年12月15日にオープンしたハレイワシアターは、ステージ前にはオーケストラの楽団が入れ、地下には舞台役者が着替えるドレスルームを備え付けられた本格的な劇場だった。900席の客席を持ち、両側にはバルコニーの貴賓席も設けられた。
ノースショアのサトウキビ農場やパイナップル畑のプランテーションで働き疲れた日系人の移民などが、厳しい農作業の毎日を忘れて楽しめる娯楽の場所がハレイワシアターであった。日系人のコンノ・トミタロウさんが小さな映画館(エイラク・シアター)を建て、12年後に本格的なハレイワシアターを再建したのだ。当時は日系人のシモダさん一家が3階に住んでいて建物を管理していた。
テレビの出現で斜陽化した映画産業と共に世界のシアターは、1950年代をピークにその後は衰退していった。ハレイワシアターも例外ではなかった。1980年になると劇場場所の50年の借地権が切れ、新たな開発者が劇場を購入するものの興行は長くは続かなかった。窓ガラスが割られ、しばらく放置され荒廃したハレイワシアターは1983年に取り壊された。
ハレイワシアターがあった場所に現在あるのが、ファーストフードのマクドナルドである。
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